多賀山 10月13日

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多賀山は鹿児島市の旧市街「上町地区(かんまちちく)」の北東に位置し、島津氏が鹿児島市で一番最初の拠点とした東福寺城のある山です。島津氏はその後近くの清水城、内城を経て、現在の鶴丸城(鹿児島城)に移ります。城と言っても多賀山は鶴丸城の背後の城山と同様、「後詰めの城」で攻撃を受けた際に立て籠もるための城として使われたようです。

この多賀山は公園となっている南から北の日豊線鳥越トンネルの上まで歩けるらしいという話を聞いていました。このため先日散歩で付近に立ち寄った際に、一番高い摩利支天宮まで登りました。軍(いくさ)の神様ですが長らく平和な世の中が続き訪れる人が途絶えたせいか、藪が酷かったでした。このため本日はノコを持参して藪を払いつつ北へ縦走しました。最後は最近経験したことのないレベルの藪漕ぎでしたが何とかトンネル上の吉野への県道脇にでました。一旦下って再度稜線に登り今度は南へ公園を目指しました。最初が酷い藪で苦戦しましたがその後も藪を漕ぎつつ進むと何故かヤシの木が数本生えていました。やがて崖があり右手に回り込んで公園の一角にでました。南端の多賀神社から下山しました。東福寺城跡の山で歴史を感じたり藪漕ぎをしたりとても面白い一日でした。

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