屋久島遭難事故から3年

2017年6月11日に当会の田中さんと山田さんが屋久島で亡くなる遭難事故が発生しました。あれから3年が経過します。事故後当時の状況等をまとめた事故報告書を以前のHPに掲載しました。今回このHPに再掲載しますので、安全登山の参考にしていただければと思います。

なおWORD文書を直接貼り付けたため、読みにくくなっています。WORD文書で読みたいという方は「お問い合わせ」フォームで文書送付依頼を送信くださるようお願いします。。

山楽会第1146回「屋久島シャクナゲ登山」遭難事故報告書

事故発生日 平成29年6月11日

報告日   平成29年7月8日

作成者 山楽会役員(内山憲一 下簗利徳 工藤ひと美 町憲二郎 前迫泰子)

目  次

はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

企画予定表・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

実際の行程と雨量データ・・・・・・・・・・・・・・ 

遭難発生後の対応・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

関係者の感想・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

事故の疑問点とその原因・・・・・・・・・・・・・・ 14

今後の対応策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17

各機関の対応への感想・・・・・・・・・・・・・・・ 18

終わりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19

はじめに

平成29年6月11日に発生した男女2名の屋久島での遭難事故は大きく報道されましたが、パーティーのリーダーが亡くなったこともあり、詳細な点については明らかになっていません。この事故を今後の事故防止に役立てるために、生還したメンバーの話や現地に入った内山顧問の話、遭難の一報を受けた町役員の話、田中顧問のスマートフォンを解析した下簗役員の報告等を基に事故の状況を確認して、以下のとおり報告書を取りまとめました。

  • 山楽会はインターネットを使って山行の参加者を募集して登山する方式の会で、延べ1100回以上の山行を無事故で実施して来ました。山行の企画は主に顧問の田中一典・内山憲一が出していました。田中顧問はヒマラヤ登山隊の隊長の経験もある山の大ベテランで、北アルプスの縦走や九州各地の四季の花めぐり登山、沢登り等中級・上級者向けの企画が多く、内山顧問は登山ガイドの資格を持ち、佐多岬にある御崎山登山や霧島の新ルートを使った登山等のガイドブックにない地元の山を登る初級・中級向けの企画を出していました。両顧問による他の山岳会にない個性的な企画がこの会の魅力でした。一方、他の山岳会同様に参加者が固定化し新しいメンバーがなかなか入らず、平均年齢の上昇対策が課題となっています。

(注2)今回の屋久島企画は、7月に予定されていた北海道遠征を前に、足慣らしとして田中顧問が出したものでした。インターネットで申し込める山行ですが、厳しいルート程メンバーの力量やお互いの意思疎通が重要となるため、田中顧問は初参加のメンバーは参加を断るケースが多く、今回も一人の参加を断っていました。

(注3)山楽会の参加申込や事故対応はすべてホームページ管理人の町憲二郎氏が受付け、リーダーや役員に取り次ぐこととし、情報管理の一元化を図っていました。今回は事故発生の一報受けた町氏からの連絡で、内山顧問が現地へ行って対応しました。

企画予定表

山楽会の掲示板の企画予定表のページに掲載された山行予定は次のとおりでした。

1146回 山会登山2017年6月9日(金)~6月11日(日)「屋久シャクナゲ登山」
○リーダー:田中(一)さん
〇概要説明:


■6月9日(金):トッピー鹿児島港7:45→宮之浦港9:45→タクシー淀川登山口11:30→花之江河14:00→石塚小屋14:40。山行時間3時間10分


■6月10日(土):石塚小屋 7:00→花之江河7:50→黒味分れ8:20→黒味岳9:00→黒味分れ9:30→投石平10:00→宮之浦岳11:40 12:10→焼野三叉路12:30永田岳13:30→焼野三叉路14:10→第二展望台13:30→新高塚小屋14:30→高塚小屋15:30。山行時間8時間30分


■6月11日(日)高塚小屋7:00→白谷林道分岐7:40?三神杉8:30?架線場小屋残骸9:30(写真20分)→トロッコ道跡終点9:50?トロッコ道始点10:05?益救参道10:35→屋久島総合自然公園12:00→宮之浦市街12:40山行時間6時間。大雨の場合:高塚小屋7:00ウイルソン株8:00→大株歩道入口8:30→楠川分れ9:40小杉谷跡10:10→荒川登山口10:50。山行時間4時間
高塚小屋7:00ウイルソン株8:00→大株歩道入口8:30→楠川分れ9:40→辻峠10:40?太鼓岩11:00辻峠11:30(15分写真)→白谷小屋11:50→白谷雲水峡13:00。山行時間6時間(バスまたはタクシー)。白谷雲水峡13:00→楠川歩道入口14:00楠川15:00。山行時間8時間(一応案として)。
〇備考:山小屋2泊  食事は共同で行います。内容は指示します。参加希望者は連絡ください。
〇参加者:田中(一)・薄窪・松本(辰)・西國原・山田・宇藤山・秋吉
〇男女構成:男性5名/女性2名

実際の行程と雨量データ(注4)アメダスの屋久島空港のデータで目安として掲載

11日は天候が悪化し朝から雨となるが、樹林帯の下りで問題なく進むものの、分岐を気付かずに、事故現場の沢へ下りました。ちょうど雨が激しくなり増水中の沢を渡って、山田さんが遭難。最初に渡った田中顧問が沢を捜索するが発見できず、田中顧問が下り、他の5名が登り返すこととなりました。高塚小屋付近で事故発生の一報が会のホームページ管理人と警察に通報されました。

事故発生現場の東約12kmにある屋久島空港のアメダスの雨量データは、現地のおおよその目安ですが、昼前にかけて沢が増水していたことが推測されます。

事故発生後の対応

11日午後4:30白谷雲水峡に下山した5名は連絡を受けた屋久島警察署の車両で、宮之浦経由で安房にある屋久島警察署に到着。事情聴取を受けました。

その結果、事故発生が白谷林道上部の沢であることが判明し、翌日早朝に捜索を開始することとなりました。松本氏のスマートフォンにログが残されていたことが、明確な証拠となりました。

事故発生現場の確認のため松本氏と内山顧問が警察と消防団に同行して、屋久島警察署のある安房から宮之浦経由で白谷林道終点まで警察車両で向かいました。

林道終点から20分ほどで事故発生現場の沢に到着。そこにはロープにシュリンゲとカラビナであおむけに胸が吊り下げられた状態の田中顧問の遺体がありました。それまで田中顧問の遭難を全く考えていなかったので、信じられない光景でした。

ここから下流に向かって捜索が開始され、すぐに田中顧問のストックが、続いて山田さんの遺体が発見されました。山田さんの遺体は目にすることができず、松本・内山の二人は署員1名と林道終点へ戻り待機するように指示されました。

その後鹿児島から県警のヘリコプタ―が飛来し、山田さんの遺体発見現場付近へ運び降ろされた田中顧問の遺体と山田さんの遺体を回収し、宮之浦方面に飛んでいきました。

関係者の感想

松本氏

最後の高塚小屋の夕食はそれは皆さん満足された雰囲気で特に隊長と山田さんが良くお話しされていたような気がします。

特に印象になったことは隊長が今回の仲間でネパールトレッキングしたいな~と話されたことです。

山田さんは古稀の私でもモテるのよ^^。90歳の方からアプローチもあるのよ~なんて皆で聞いて大笑いしたことです。

流石に10日はアプローチも長かったせいでしょうか22時前には全員が就寝されたと記憶しています。

高塚小屋は鞍部のせいでしょうか結構風通しがよく夜中は遠くで雷と風雨が強かったです。

天気予報ニュースでは20mm~40mm位の雨量だった掲載されていましたがそんな強く降ったとは思えませんでした。

当初の計画では明朝の天気次第では益救参道から白谷雲水峡に変更でした。(誰しもがそう思っていた)と想像します。

5時起床、隊長自ら食事の準備をされました。前夜残した鍋の具材にご飯を入れて雑炊の朝食にしました。

外は遠くで雷音と樹林の合間から雨が落ちていました。

樹林帯の中ですから下っても大丈夫だと判断されたのでしようか?

予定通り7時小屋を出発しました。

トップに隊長・山田さん・宇藤山さん・松本・西圀原さん・薄窪さん・秋吉さんでした。

小屋を出発しても遠くに雷音と雨が降っていましたが原生林の樹林帯は快適でした。

太古杉の巨木に驚きながら仕事がらすごく癒されました。

小屋から2.5K標高1300m.8時10分頃(GPSデーター)・この辺で益救参道のルートを外したようです。

登山道は歩きやすく整備されていてピンクのテープに誘われるように下って行きました。

隊長は時々スマホのGPSを確認しながらのリードでしたからまさか外しているとは?警察の捜査対策本部まで私は気が付きませんでした。

木道の立派な階段と誘導するピンクのテープで普段はGPSで現地確認はおこたらない私も雨の中でしたのも原因ですが私自身余裕も無かったかと後になり思えた次第でした。

しばらく下って行くと左岸から大きな滝になって落ちる水しぶき・右岸から左岸の渡渉も膝位迄くるところもあり少し心配になってきます。(ここが最初の渡渉地点勘違い)と思いました。

8時50分、二本目の渡渉地点(完全な勘違い)に到着しました。

足場が悪く自分の体を固定できる所に着くまで枯れ枝を踏み折って危うく落ちそうになりました。

この時点で皆自分の確保に一生懸命だったような気がします。

渡渉地点にはトラロープが張られしっかりと固定されていました。

隊長を見たのはあの後数歩で対岸(右岸)にたどりつくところでした。

その時の水位は股下位でした。

その後に山田さんが隊長に導かれるように渡り始めました。

沢の中間点にたどり着いた時に一瞬バランスを崩しましたので隊長が手を差し伸ばしエスコートしましたが、ザックに浮力がまして確保できず流されてしまいました。まるで浮き輪に乗って波乗りしているように見る見るうちに流されました。

すぐさま隊長はザックを下し山田さんの後を追いました。時間にしてどのくらいだったでしょう30分?・・・帰ってきた隊長は私たちの顔を見つめて手で✖合図を送ってきました。

自分のザックを背負った隊長は張られたトラロープを握り左岸に(私たちがいる場所)に戻ろうと二歩位移動した時には水位は胸の付近まできていました。

私は二次遭難を心配して隊長に手信号で✖を送りそちらに下山するように指示し私たちは上に登り返すからと送りました。理解されたようで頭の上でOK の丸い手信号を送ってきました。

隊長が登山道に戻るのを確認して私達も高塚小屋を目指しました。相変わらず雷音と雨が降ります。下りで通った時よりかなり増えていました。最初の渡渉地点と勘違いしたところは中州になっていて後10分も遅れたら戻れないところでした。

遭難現場からルートを外した標高差はわずか250m10時10分頃にはヘロヘロになりながら登り返しました。早く警察や田中さんに連絡をとらなくてはと幾度も電話を試みましたが結局高塚小屋付近だけしかつながりませんでした

先ずは緊急連絡先(当会)の町氏に連絡し警察110番に通報しました。

10時55分に田中隊長×4回。下簗さんに2回・町さん×1回・110番×1回

最初に繋がったのは町氏でした。警察への通報をお願いしましたが返事は現地通報をしてくださいと言われ若干悲しくもなりましたがすぐ様110番通報しました。困ったことにどこで遭難されましたとか?遭難者の名前を聞かれたり益々頭はパニックでしたが冷静に判断し「益救参道」の沢ですと言うとその登山道は当署はわかりませんもっと詳しく説明して下さいと言われたので「旧宮之浦歩道」ですと言ってもピンと来ないようでした。

もうそれ以上説明の意欲が無くなると共に電波も通じなくなりました。

メジャーな登山道でないと警察も知らないことが分かりました。何とか途切れ途切れの会話をしながら通報した後、私達も白谷雲水峡経由で下山、16時半頃登山口に着きました。16時頃から幾度も田中さんに連絡するがつながらなくていやな予感がしました。

登山口にはすでに警察官と車両が待機していて警察車両で宮之浦警察所に移動しました。

すでに遭難対策本部ができていて大きな地図を広げて早々に遭難現場の確認作業に入りました。私はこの時まで「益救参道」の最初の渡渉地点ばっかりと思い説明しました。その時ある警官からGPSログは取っていませんかと言われその時は取ったことさえすっかり忘れていたので確認してみたらなんと取っていました。

ログを開いてみるとまたまた頭の中は真っ白になりました。

なんと宮之浦森林管理局管理の(白谷林道)沿いの沢に降りていたのがこの時点で初めてわかりました。

遭難した沢はすぐに特定できましたので翌朝3時起床で当会の内山さんと消防・警察で現地に入りました。

林道の終点から6時10分頃現場に入ります。

登山開始10分頃に(1050m)付近左岸・右岸・床面が花崗岩になつた数段の滝沢が現れました。ここもトラロープが張られていました。ここからさらに登ること30分位?遭難現場に到着しました。

目を疑いました。全然水が流れていませんでしたその真ん中付近に隊長が体に巻き付けたテープとカラビナがトラロープに繋がれていました。もう声が出ませんでしたあの隊長が何故?・・・・・

最初の沢で別れて二本目の沢に着いたらとてつもない水量に驚き最初の沢に戻りカラビナスルーを試みたが真ん中付近で水圧に負けて力尽きたかと思われます。

隊長が見つかった現場から100m下った沢の中で山田さんも見つかりました。

捜索にあたられた方々が言われましたが絶対遺体は上がらない沢だそうで沢が即特定できたこともよかったようです。

これを教訓に二度と悲劇が起こらないように仲間と色々話し合い楽しい山楽会にできればと願うところです。

秋吉氏

当該事故の発生原因を私なりに顧みたいと思います。

まず第一にリーダー(田中氏)の力があまりにも経験豊富であり頼りすぎたと思います。

天候異変、ルート選択、リーダーに頼りすぎて、何の異論もなく皆が行動しています。

私の経験からすれば、天候異変、ルートミス、同行者の経験不足、体力からして臆病

な性格かもしれませんが、エスケープルートを必ず作っていました。

今回も大雨の場合は一般ルートを下山としていましたが結果としては計画どおりの

ルートを採ったという判断ミスにつながったと思います。

次に、未踏のルートについては最新の注意を持って事前に確認しておく必要があった

と思います。何回も当地の山行に慣れ親しんで安易に行動したこともあるのではない

かと思います。事故翌日の現地捜索の説明によると、私たちは所定のルート(益救参

道コース)から外れ地元の作業用ルートに入り込んでしまっていたとのことでした。

後日、当該ルートについて調べたところ、旧道は三神杉のあたりまでで、それから先は

現在使用されておらず不明との説明がありました。引き返した際気づきましたが、山荘

から太古杉方面への入り口には入山禁止のプレートがかけられていました。

(注5)このプレートは一般道を利用する登山者向けのプレートで、今回の益救参道へ下山する場合は、      ここを通らざるを得ない。

今回の教訓を無駄にしないためにも、今後の山行計画においては十分な予備知識と

リーダーの判断力、異常時のメンバーの意見集約などルールを決めておく必要がある

と考えます。お二人のご冥福をお祈りいたします。

西國原氏

6月9日

 私は宮崎からの参加でしたので前泊しましたが、山田さんが私も妹の家に前泊しましたと話し、そして何人兄妹かの長女だとも伺いました。

 予定通り宮之浦港に到着、田中さんが予約していたジャンボタクシーに乗って、淀川登山口へ。途中で紀元杉を観光、天気は晴れなれど、薄雲あり。淀川登山口を出発して、登山道脇の桜ツツジに励まされ、淀川小屋で昼食。山田さんが妹が持たせてくれたと枇杷をご披露、宮之浦岳登山中に枇杷なんて、皆ビックリして美味しくいただきました。

 花之江河について、時間に余裕があったのでザックをデポして、黒味岳にピストン、ザックを降ろしたので軽やかに登れました。

 石塚小屋では、先客がいましたが、一階を確保、すぐに夕食の準備、皆が持ち寄った食材と田中さんが持ってきたステンレスの大きな鍋とキムチの素で、田中さんが調理し鍋の出来上がり。

 ビールと焼酎で愉しい夕食、ミニ宴会。最後に乾麺うどんで〆。

6月10日

翌朝は、鍋の残りで朝食雑炊。快晴です。

順調に宮之浦岳を目指します。途中で若いグループに追い越させながら咲き誇った石楠

花を楽しみながら進みます。

途中で会った登山者が、こんな乾燥した宮之浦は久しくないと話してました。

宮之浦岳山頂では、田中さんが、京都から登りに来ていた若い女性に声をかけ、モデルに仕立てて岩に登ってもらい撮影タイム、写真を撮りまくりました。

山田さんが一言「私たちもいるのに」

山頂では、あれは霧島連山か、開聞岳かと景色を十分に楽しみ、下山。

直下の祠を覗いて、永田岳分岐で昼食、屋久島が初めての私と秋吉さんが永田岳に登る予定であったが、まっちゃん(松本氏)を除いて全員が山頂へ。

まっちゃんは、高塚小屋でスペースを確保するために早めに小屋へ出発。

山頂を踏んで、記念撮影しすぐに下山。分岐に戻り、あとはひたすら高塚小屋へ向かう。

下山途中でポツリポツリしたが小屋に着くまで雨は降らなかった。

縄文杉の先にある水場まで水汲みに、私は山田さんと一緒に行き、縄文杉をバックにお互いに記念撮影。

夕食の準備、今夜も田中さんが調理長で、皆が持ち寄った残りの食材を入れて今夜も鍋の出来上がり。500のビールを皆で分け合った乾杯。 天気と石楠花に恵まれ、楽しかった山を肴に焼酎で歓談。

  明日は昼過ぎには着く予定か、着いたら風呂に入りゴマサバでビールだと話が盛り上がります。一時期風で木々がうなっていたが、それも収まり雨もそんなに降ってるとは思えなかった。

6月11日

  本日の朝食も昨夜の残りで雑炊。山田さんが持参した餅の入った雑炊でした。

すべての食材をたいらげました。

  田中さんが、昼過ぎには着く予定だが、何か昼食になるようなものは準備してくださいを言われ、各自準備。 昨日まで晴れだったが、雨の屋久島も楽しまないとと、雨の中を出発。

  小屋から太古杉をみてピンクの目印のとおり下山、途中から沢へ急降下。雨はそれほど降ってなかったように思います。

  沢に降りて、一番目の渡渉地点、多少水量もあり、底が見えないくらいに濁ってたので足下に気を付けながら渡渉、深みに入ってしまうと足がとられそうだったので、ストックで足場を確認しながら渡渉。

  全員が渡渉し、すぐに第2の渡渉地点、沢に降りるのに一部朽ちたハシゴがあり、ここを慎重に降りて、顔を上げると、渡渉を終えた田中さんが下流のほうへかけて行くのがみえた。

  流されたと、とっさに思いました。

  残った五人は、渡渉は無理だろうと引き返すことに。これでは第一の渡渉地点も危ないだろうと、沢に沿って高巻きし、皆無言でひたすら急降下した登山道を引き返しました。

  相当な急登でしたが、一歩一歩登り返しました。

  高塚小屋に帰り、まっちゃんが緊急連絡をし、すぐに白谷雲水峡へ下山。事故報告をしないといけないからと白谷雲水峡の管理事務所へ。ここで管理人の方が5人のグループですかと尋ねられ、そうですと言うと、すぐに駐車場に待機していたパトカーに連絡すべく走って行かれた。 宮浦警察署で事故地点を確認、田中さんとも連絡が取れてないことも分かった。

  下山道は益救参道ということで、出発したのですが私たちは益救参道とは違うルートを下山していたようです。

  出発前に、一応ルート確認をしようと思ったのですが、益救参道の情報があまりなく、そのまま出発したのが悔やまれます。

  また、今回、発見が早かったのは、まっちゃんのログがあり、事故地点が明確に特定できたことでした。私も持っていたのですが記録のスタートボタンを押すのを忘れてました。

  まだ、受け入れがたい思いでいっぱいです。何をなすべきだったのか、何ができたのかと 思います。

町氏

高塚小屋から、(11日)11時、松本さんより私に事故発生の連絡有り。

そこから電話が通じるのであれば、警察にも連絡できるのではと思い、詳しい状況を説明できる松本さんに、警察への連絡を進言しました。その時点では、松本さんは、まだ警察への連絡はしてなかったようです。

遭難した地点を言われても、私には、さっぱりわかりませんでした。

その後、内山さんに連絡した後、松本さんが警察に連絡できたのかどうか不安になり、松本さんに、連絡を試みましたが、通じず。ほどなくして、屋久島警察署から電話あり。

松本さんから警察に連絡が取れたんだなと、思いました。

「その後、松本さんにも、田中さんとも連絡がとれない」・「無線はあるのか」

「山田さんの親族への緊急連絡先が知りたい」・「田中さんは、携帯の予備のバッテリーは持っているのか」・「どういう会のか」等々、屋久島警察署より2度ほど電話あり。

内山さんより、4時のトッピーで現地に向かうとの連絡有り。

屋久島警察署より電話あり。荒川登山口と「やくさんどう」に警察を配置したとの事。

松本さんから連絡があった場合、知らせようと思いました。

その際代表者がトッピーでそちらへ向かっていることを知らせる。

翌日(12日)朝(捜索中)、屋久島警察署刑事課から電話あり。

「どういった会なのか」「リーダーは報酬をもらっているのか」これは2回聞かれました。

最後に反省点として、松本さんの第一報を受けた時、詳しい報告ができずとも、私の方からも

警察署に一言連絡を入れるべきだったかもしれません。

事故の疑問点とその原因

  • 大雨の際の荒川登山口等へのエスケープルートを取らなかったのは何故か 

出発時点で大雨ではなかったためと思われます。屋久島空港のアメダスの雨量データによると8時から9時に19mm~28mmの強い雨が降っています。出発時点ではそれ程激しい降りではなく、樹林帯のため気付かなかった可能性があります。                            

  • 白谷林道分岐で予定ルートを外れ、白谷林道ルートへ下ったのは何故か

ピンクのテープが多く貼られたしっかりした登山道が続いており、予定通りの ルートを辿っていると思い込んで、現地確認をせずに下ったと思われます。テープは、森林管理等の目的で入山する関係者にルートを明確にするために貼られていたと見られます。逆に予定していた益救(やく)参道(旧宮之浦歩道)は登山者が少なく、入口が分かりにくくなっていたと考えられます。

「ビワンクボ」と呼ばれる沢の上部の渡渉がなれば、問題なく白谷林道に下ることができたところですが、タイミング悪く急激に増水する沢を渡渉することとなってしまい事故が起こってしまいました。

(注6)「ビワンクボ」は太田五雄氏の「屋久島の山岳」では、沢登りの初心者向けの沢として紹介されています。

(注7)白谷林道ルートは縄文杉等屋久島の核心部への最短ルートであるが、屋久島森林管理署が管理しており、 一般の登山者は利用することはできません。今回事故が発生し、警察・消防の捜索に使われました。またこの林道は荒れており、4輪駆動車でないと通行できない可能性があります。

ルートを確認して当初計画していた益救(やく)参道を下っていれば、事故は起きなかったかもしれません。(このルートも渡渉が二ヵ所あり、安全に下れたかどうかは断定できませんが、事故発生地点よりも傾斜が緩い地形)

また田中顧問が、GPSアプリの設定の関係で現在地を確認できなかった可能性もあります。

(注8)6月17日付南日本新聞によると、今回の事故を受け、屋久島森林管理署は予定ルートを外れた三叉路等 4か所に立ち入り禁止看板を設置したとのことです。

  • 山田さんが沢で流されたのは何故か

最初に田中顧問が渡ったが、二番手の山田さんは背が低く水圧を受けやすかったのと、登山靴で川底の石で滑ってしまい、ロープを離して流されたと思われます。またザックが浮いてしまい、流されてしまいました。

  • 田中顧問が遭難したのは何故か

山田さんが流されてからもさらに水量が増し、渡渉は不可能な状況であったと考えられ、実際に田中顧問が山田さんの捜索を終えて現場に戻ると胸までの水で、対岸のメンバーからの下るようにとの合図にマルの合図で応答されました。ところが何らかの理由で三度現場に戻り、自己確保のため胸に回したシュリンゲをカラビナでロープに通し、両手でストックを持って浅い場所を探りながら渡渉を試みたと思われます。(2本のストックは延ばされた状態で、50mほど下流で捜索隊に発見されました。)

転倒してしまったか、流れに負けたのかで、沢で流されて、ロープの中央にシュリンゲとカラビナで吊り下げられた状態となり、激流の中で息ができなくなり亡くなられた可能性があります。

重いザックが行動の邪魔をしたことも考えられます。結果論ですが、ザックを置いて空身で渡るか、ザックのウエストベルトとチェストベルトを外し、流された際にとっさにザックを外すことができたら、ロープを手繰って渡渉できたかもしれません。また最初から沢に入ってロープを伝って渡る方法でも渡渉できた可能性があります。いずれにせよ自己確保の方法が不十分だった可能性があります。

当然ながら一番の安全策は、しばらく待って水位が下がってから動くことです。田中顧問は渡渉や沢登りの豊富な経験があるため、このように危険な行動に出てしまったのかもしれません。

(注9)事故が発生した沢を渡渉して登山道を下るともう一ヵ所枝沢の渡渉があり、こちらも増水していた    ため引き返した可能性がありますが、こちらの方が水量は少なかったのではないかと思われます。    またこの沢を渡ると10分もかからずに白谷林道に出ることができるのに何故再度登り返しに向かった  のか?現在地が確認できていれば、田中顧問の事故は起こらなかったかもしれません。

(注10)下簗役員がご遺族の立ち合いで田中顧問のスマートフォンを調べた結果、11日午前中の「山旅ロガー」 アプリのログは残っておらず、11日午後から事故現場のログと12日のヘリコプターの飛行履歴等が残っていたそうです。これはアプリの設定で「GPSデータを厳選して記録する」としていた関係で、受信状態の良い状況でのみ記録されることから、樹林帯や谷が続きログが残らなかった可能性があります。

  • 事故の背景には何があったのか

・仕事を持っているメンバーもいて、11日の日曜日中には全員が帰宅できる ことを考えて行動した。

・縦走の最終日雨の中の行動で、疲労や気の緩みが出た。

・整備された未知の登山道を正規のルートと勘違いし、現在地確認を怠った。

・田中顧問は仲間の遭難で、一刻も早く事故発生の通報をしようと焦りが生じて、無理な行動に繋がったことも考えられる。

・メンバーは、リーダーに頼りすぎて付いていくだけの状況となっていた。

今後の対応策

  • 現在地確認徹底等の学習

今回の事故のきっかけは、予定したルートから外れたことに気付かず沢を下ったことであり、GPSや地図を十分に活用できるよう勉強会を実施して、会員一人一人の現在地確認能力等を向上でさせて、事故の再発を防止します。

具体的には次の対策を実行する。

A.紙またはスマートフォンの地図で登山ルートの予習をして参加する。

B.原則として紙とスマートフォンの両方の地図を準備して参加する。

できればスマートフォンに複数のGPSアプリをダウンロードしておく。

C.出発前に地図を使ってルートの確認を行い、地図アプリを起動させる。

D.下山にかかる前に現在地の確認を行い、ルートの再確認も行う。

E.帰宅後に地図で山行ルートを復習して、読図能力向上に役立てる。

(2)連絡体制の強化

   山行のリーダーは役員2名以上の連絡先を調べた上で山行を実施し、事故発生の際は速やかに連絡するとともに地元の警察(スマートフォンでも「110」)に連絡することとします。

   一方、連絡を受けた役員は事故に速やかに対応するとともに、事故が発生した地元の警察にも連絡することとします。

   宿泊を伴う登山は登山計画書を役員へ提出する。その際、参加者の連絡先は必ず連絡の取れる先を2先以上記入する。

  • 新リーダーの育成

安全山行を企画・実行できる能力のあるリーダーを育成します。また新人の勧誘を積極的に行い、会の若返りを図ります。

(4)山岳保険加入の徹底

今回の事故でも警察の捜索は無料ですが消防団の捜索は有償で、遭難者の山岳保険で賄われました。どんなに低山であっても事故は起こる可能性があるので、今まで以上に加入の確認を徹底させます

各機関の対応への感想

(1)警察・消防団

屋久島警察署・鹿児島県警と消防団の皆さんには本当にお世話になりました。特に屋久島警察署の次長をはじめ多くの署員の方々には、早朝から深夜まで宿や食事の手配等の細かい点までご配慮いただき、生還したメンバーが無事に自宅へ帰ることができました。また遺体の鹿児島空港までの搬送の手配までお世話になりました。

さらに事故発生日には署員の一人が午後9時までかけて悪路の白谷林道を終点までミニパトで登り、田中顧問に「明るくなるまで現場を動かず、救助を待つよう」拡声器で呼びかけしてもらったとの話を聞き、頭の下がる思いでした。

県警ヘリによる遺体収容作業

ただ、メンバーの事情聴取や調書作成は時間がかかり、メンバー5名のうち、現場確認に行った松本氏を除く4名は翌日の最終のジェットフォイルにぎりぎりで間に合いましたが、松本氏は翌々日の便で帰ることとなりました。

(2)マスコミ

マスコミの対応は、初めて取材される側に回ってみると、とても残念に感じました。多くの取材陣に囲まれると、自分達が悪いことをして逃げ回っているような後ろめたい気分になります。特に今回は大ベテランの田中顧問の遭難が受け止められず、全員が疑問を抱えた状況で、とても現地で取材に応じることはできませんでした。

「とにかく何かのコメントや画を取らなくては」というマスコミの攻勢は、背景に少しでも新しい情報を欲しがる、我々を含めた受け手のニーズがあるのかも知れませんが。

終わりに

葬儀でのお二方のご遺影はどちらも登山服でにこやかに微笑んでおられました。まだまだ沢山の山に登り、美しい花や風景、仲間達との楽しい時間を過ごすことができたはずのお二方の今回の事故を振り返ると、残念でなりません。

特に田中顧問は、いくつかの不運が重なったとはいえ、100%の力を発揮できていたら、生還できる能力を持っていた立派な登山家でした。事故後の一部の報道に「地元のガイドを雇っていれば」というコメントがありましたが、屋久島の山も沢の経験も豊富な田中顧問よりも上のガイドは、そうそうはいないように思われます。今でも信じられない遭難です。

また山田さんも北アルプスや屋久島の経験も豊富なベテランで、このような事故に遭われて不運の一言に尽きます。

どんなベテランでも遭難の危険はあるという今回の事故を教訓に、今後山楽会全体で、安全登山を目指します。

最後に、田中顧問と山田さんのご冥福をお祈りいたします。

藺牟田池外輪山周回 6月2日

梅雨の晴れ間を利用して蒲生経由で藺牟田池に行ってきました。いつもは時計回りに周回しますが、最初に飯盛山でドローンを飛ばそうと逆回りで登りました。竜石と愛宕山でも飛ばしてみました。なかなか池と山をうまく移せませんでした。登山者が少なくドローンを飛ばすのには好都合ですが、多くの人に味わってほしい緑あふれる素晴らしい自然が惜しい気もします。